みちのく砂丘Ⅱ

仕事と関係ないことについて書きます。

夏と冬の奏鳴曲(全ネタバレあり)

麻耶雄嵩の伝説的作品『夏と冬の奏鳴曲』。

最初に読んだのは大学時代の帰省の特急列車の中だったかな…。

今まで読んだ中で最も後味の悪い推理小説の一つです。

つまらないとかではなく、単純に終わり方がイヤすぎる(鬱すぎる)という。

 

銘探偵(名探偵ではない)メルカトル鮎シリーズの第2作です。

 

YoutubeにまさかのMADがありました。ほぼ全面的にネタバレありですが。

 

夏と冬の奏鳴曲 _対象a 

 https://www.youtube.com/watch?v=rruV8PwCzoQ

 

 

この小説のことは今まで何度か書いてますが、MADを見たのをきっかけに、ネタバレありで書きます。

これから読む予定のある方は絶対に読まないでいただければ。

あと、残酷な表現が苦手な方もですね。

 

(以下、ネタバレあり)

 

終盤までは、よくある孤島の館ものです。

閉鎖状況、20年前の因縁、首なし死体、不可能状況、そんなところです。

 

一番問題なのは終わり方です。

 

 

終盤、ヒロインの舞奈桐璃(まいな・とうり)が襲撃されて、左眼を抉(えぐ)られて、失ってしまうんですよ(当然、重傷)。
誰がやったかはおくとして、何で左眼を抉ったかって言うと、20年前に死んだとされる「和音」をこの世に展開して復活させるためなのです。

和音の肖像画の左眼部分を切り裂いて、代わりに桐璃の左眼を肖像画に埋め込むことで和音が復活すると信じてる人物がいるんですね。


未読の方は「復活?」ってなると思いますが、この物語の舞台である「和音島」は人間を、展開(新たに解釈すること、くらいに捉えてもらえれば)することでその人間を「復活」させる力があると、その人物は信じているのです。

復活というか新解釈による複製のような感じですね。

ゲーム等に使われる「リメイク」という言葉がしっくり来るかもしれません。

 

主人公の烏有(うゆう)は、舞奈桐璃を襲撃から守れなかったことを悔やみ、一生守っていくと誓うわけです。そんな烏有の優しさがあったために、左眼を失った舞奈桐璃と烏有との間に真の絆が生まれます(それまではボーイフレンド程度だった)。

この場面は上のMADでも出ていますね。包帯を巻いた舞奈桐璃を烏有が優しく抱きしめているのがそれです。

これだけで終わればまだ良かったのですが…。

 

舞奈桐璃を襲撃した人物は最終的に死んでしまうわけですが(ここで謎解きがあり、推理小説的な部分はほぼ終了)、謎解きが終わった後、意外な人物が登場します。

新しい舞奈桐璃。

「和音島」によって(和音ではなく、なぜか)舞奈桐璃が「展開」され、復活したわけです。

ただ、「復活」は上にかいたように、新解釈による複製のようなものなので、新しく登場したほうは両眼とも無傷なのに対して、オリジナルのほうは左眼を失ったままです。

性格も違っています(複製の瞬間は同じだったかもしれませんが)。

新しい舞奈桐璃のほうは襲撃前のあっけらかんとした性格のままな上に、左眼を傷つけられた舞奈桐璃の存在が邪魔なようで、烏有に対して平然と、こっちを選んでよ的な迫り方をするわけです。

発言が状況に合わない軽さで、イラつくキャラなんですね。

 

その直後、カタストロフィが「和音島」に訪れます。

烏有は、(当然ながら)新しい舞奈桐璃ではなくて、左眼を失ったオリジナルの舞奈桐璃のほうを助けに走るわけです。

そして炎上・崩壊する「和音島」。

 

何とか逃げ延びて、救出された烏有と舞奈桐璃。

和音島を離れる救出後の場面での一文が全てをひっくり返します。

「彼が選んだ桐璃は」「美しい二つの瞳を輝かせて」

 

つまり、烏有は、新しい舞奈桐璃のほうを選んでしまったんですね。

最初は意味が分からなくて、ずっと後にネットで見て、ようやく意味が分かりました…。我ながらカンが悪い。

オリジナルのほうは、明確には描写されませんが、「和音島」のカタストロフィのギリギリの局面で烏有に助けてもらえなくて死亡したと思われます。

 

何で新しい舞奈桐璃を選んでしまったのか。

単に両眼が揃ってるから、ではないと思うんですね。

「和音島」での日々で、烏有は舞奈桐璃を守るためにいろいろと奔走したのに、結局、烏有の迂闊さで、舞奈桐璃は左眼を失ったわけです。烏有にとって、舞奈桐璃の失われた左眼は「自分のせいで」という罪悪感の根源になっていたと思われます。

「左眼を失った舞奈桐璃を選び、守っていく=自分の罪と一生向き合い続ける」、という図式が、ギリギリのところで繋がってしまったんでしょうね。烏有は、自分の罪悪感と向き合うところから逃げてしまったんですね。

ここで『夏と冬の奏鳴曲』は終わります。

 

次回作の『痾』やその次の(今のところシリーズ最後の作品の)『木製の王子』では、普通の恋人になっている烏有と舞奈桐璃の描写があります。

どことなく淡々とした恋人関係。

何で妙に淡々としてるのかは『夏と冬の奏鳴曲』を読まないとわからないのですが、烏有は「和音島」でのことは何故か忘れかけているのです。

ギリギリでオリジナルの舞奈桐璃を見捨ててしまった、という自分の罪の意識からも逃げたがっているのかもしれません。

 

これ、もうシリーズ作品は出ないと思いますが(20年くらい出てないので)、オリジナルの舞奈桐璃が復活する作品をどっかでやってくれないかなと思いますね…。そうでないと救いがなさすぎるので。

そんな風に思ってる読者は私だけではないと思いますが。

 

前にも書いたように、人物も設定も全く別ですが、隻眼(片目が義眼)というところで符合している『隻眼の少女』が、作家としての一つの回答なのかもしれません。