森鴎外三連記事のラスト、『雁』。
他の文庫のような短編小説集ではなく長編一冊の文庫です。と言ってもそんなに長くないですが。
これはねー、何かかわいそうな物語ですね。
半分騙されるようにして(「実業家」との名目を信じて)高利貸しの妾になった少女、「お玉」がヒロインです。
ヒーローは、頭脳明晰、性格も良くて美男子だけど世間知らずな「岡田」。
どちらかというと「お玉」に重点を置いて物語は進みます。
親の借金のカタに妾にされたお玉ですが、序盤から中盤くらいまでは自分の運命を受け容れている感じなんですね。お玉を「買った」高利貸しの未造も、悪役ポジションではあるけど、そんなに悪い奴としては描かれていません。この辺ではむしろお玉の親の心理描写が秀逸な気がしました。生活は未造のおかげでずっと豊かになったけど、お玉がいないことからくる喪失感と退屈が心を支配していくというくだりですね。
ところが、そんなお玉が初めてまともに恋をする、その相手が「岡田」です。
ただその先に、未造からお玉を救出するような恋愛物語は展開しません。
ふとしたきっかけで仲良くなりかけた二人ですが、「岡田」はエリート学生、「お玉」は貧しい家出身で高利貸しの妾、付き合っている人間からして階層が違いすぎるわけです。お玉が岡田に話しかけようとしてその機を逸した場面で、物語は終わってしまいます。
今の時代にはなさそうな設定ですけどね。あるのかもしれないけど。