みちのく砂丘Ⅱ

仕事とあまり関係ないことについて書きます。

杉田水脈議員の記事

まあ、「生産性がない」を理由付けに使ってるのはひどいですね。

それ言ったら私のような独身者も子のいない夫婦も全部否定ですし。

人を、国を栄えさせる道具とでも見てるのか何なのか。

調子乗ってたのかもしれないけど、学生やおじさんの居酒屋トークじゃあるまいし、議員辞職ものだと思います。

 

 

他方、LGBT運動(?)に対する鬱憤が溜まってるのは全く理解できないでもないです。正直なところ。

 

不利益取り扱いを許容するわけではないにしても、ある程度「普通と違う」こと自体は認めざるを得ないと思うんですよね…。

何か見てると「普通と違う」ことすら認めない論調も混じっていて、ちょっと怖さを感じます。

 

例えば、心理学をかじった程度ですけど、青年心理学とかにおいて全く性別を度外視することはあり得ないように思います。身体発達・性別分化の男女差ってのは、当然、心理にも如実に影響するわけで。

体は男性だけど心は女性って言ってもそれは「男性」ですよね。いくら頑張ったって男性は男性、生理もなければ出産の辛さも絶対に知り得ないわけです。だから気持ちの面で100%女性になることは本来できないはずだと思います。

自然が与えた性別まで否定するというのは、精神と身体を完全に切り離して考える思想が底流にあるような気がしますが、それ自体どうなんだろうと思うわけです。

 

もう一つ、支援が必要とかいうけど、それって、交通事故で歩けないレベルの障害を負った人とか、生まれつき重い脳障害を背負った人とか、それよりも優先するようなことなの?とも思ってしまいます。

工夫次第で普通に暮らせるなら支援もそれなり(低支援)でいいよね、と思うのすら悪いみたいなのはどうかなと。

 

大体、最近のLGBT運動を積極的に進めようとしてる人も、ある日、男性上司が口紅付けて女性用スーツで出勤したとか、いきなり自分の職場の男性同士が同性婚…は、まだ当人同士の自由として(よく考えたらプライベートで同性婚するなら自由ですね…追記訂正)を、いきなりカミングアウトされたら、どう思うか(それまで通り対応できるか)。

芸能人とかは遠いから「別にいいんじゃない?」と思っちゃうんですよ。勝間氏にしてもリッキー・マーティンにしても。

でも、自分の生活領域で、他の人々の関わりもある中だったらどうか。

それで一切ひそひそ言わないし、陰で「気持ち悪い」とも言わないし、評価も変えないってのなら立派ですけど。

性別意識って誰にでも必ずあるし、それを完全に離れることはできないと思いますね…。